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第十六章;「夜明けまでのスペック」


 寝たら起きた。眠るのに失敗して夜が明けて切れ切れに落ちた。週末は昼夜反転に拍車が掛かる。リセットする為に眠らない事にした。時差ボケ解消のあの方法で。チャリを漕いだ。風がすっかり秋だった。次に来る季節の予感を繰り返していつの間にか真ん中に立っている。漕いでいる時は走り抜ける景色も目に入っているが、意識は何か別の事を常に考えていて、しかもそれが流動的になる。だから走るのかも知れない。夜、蝉が弱々しく啼いているのを聴いた。「最後の蝉」という言葉がふと浮かんだ。

 寝たら起きた。久々に霞を喰って浮遊し、抜けきらない。布団に潜って猫を足の指で触りつつ、もう一匹の猫の腹に鼻先を埋めながら眠る。耳にこびりつく轟音とグリーン。鼓膜は記憶の再生装置だ。最近、目から光が喪われつつある友人の事を思う。霞の弊害は「だらしなくなること」に尽きるのかも知れない。音にしろ食べ物にしろ関係性にしろ、あらゆる常用は根本を堕落させるので、やはり離れた位置に立つべきだと自戒する。ロールパンとインスタントのスープ、それからオレンジジュースを飲む。外は眩しい。光の柔らかさを見る度に、ノルウェイの片田舎にあった教会裏の、あの小さな川を思い出す──川面に折り重なる色付いた葉っぱの事を。凛とした空気が脳裏を一瞬で通過し、今でもあの場所にぽつんと立っている気がする。メールを受信し、テンプレートでレスを返す。もう何も感じなくなった。賞讃であれ罵倒であれ何であれ、何も響かなくなったらおしまいなんだろう。そろそろ白紙にする時期なのかも知れないなと思った。そこからまた違った何かを始める。ベランダでファインダーを覗き込み、空を切り取る。乾いた土に水を注ぐ。病院に予約を入れ、コンビニで金をおろす。空はますます白くなる。光が傾いてアスファルトの表面が曖昧になる時間、車の列が光を帯びる。

 寝たら起きた。っていうか猫に顔踏まれて起きた。以前なら特に興味がないことでも割と一発で物事を憶える事が出来たのに、最近はどんどん抜け落ちていくということに気付いた。砂っぽい。要するに加速度的にアホになっていってる。参ったなあ。ユルすぎる自分にげんなりしてきた。頭悪すぎて凹む。意識の集中の欠如。ソフトフォーカスった朦朧とする頭のままパイナップルジュースとミネラルウォーターを飲む。
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