logo
© harumaki
Copyright All Rights Reserved.
  

第六章;「白っぽい視界に目薬を点す」


 寝たら起きた。チャリで葛西臨海公園の「渚」を目指そうとしたら、昼過ぎに冗談みたいな雨が降った。雷が凄い音を響かせていて、この音を畏れなくなったのはいつからだろうと考えた。猫は怯えて耳を尾翼みたいにしていた。渚は諦めて、カウリスマキ作品を観た。画面を走る黒い犬の名前はボードレールで「Baudelaire!」と呼び掛ける台詞が出る度にニヤニヤした。双頭の鱒のソテーを見ず知らずの男同士が分け合って食ったり(鱒は腹同士がくっついていて、頭がそれぞれ左右を向いていた)、暖炉に入れる薪がないので自作の詩を綴った大量の紙を燃やして暖を取ったり、互い違いの靴を履いた男や、今にも泣き出しそうな顔をした女が出てくるモノクロ映画だった。彼らは五人で一本のフランスパンを分け合っていた。春が来て一人死んだ。映画を観ている途中から心地良い睡魔が波の様に襲ってきて、そのままソファと一体化しそうになりつつ、何とかエンドロール(因みにこれは和製英語らしい。正式には『end credits』)を見送った。ベッドへ撃沈したら、四つの夢を見た。三つめの夢の途中で、足首を猫に噛まれて目が覚めた。葡萄入りの紅茶を飲んでもう一度眠った。その間、マシンのメンテナンスを行っていたので、廊下の向こうの部屋から低い稼動音が響いていて、それは何だか寂れた工場を思わせた。

 最近は夢のおかしさに拍車が掛かっている。Rがアパートに戻ってくるのを上空から俯瞰していた。そこはコの字型の二階建てになっており、Rは真ん中の部屋だった。後方から男が近づくのが見えた。ドアを開けた瞬間、Rが羽交い締めにされるのが見えた。悲鳴は聞こえなかった(口を塞がれていた)。その瞬間、上空からRの意識に飛び込んだ。いきなり視点が変わった。ああ、Rから見る世界はこんな風なのか──。自分とは随分違った。その後、犯されながら、これがRでなくて良かった、と思った。ベタベタした腕の感触が気持ち悪かったが、自分なら耐えられる。さっさと終わればいい、と目を開いたまま壁を見ていた。壁の模様が一斉に動いていた。何かの虫を思わせた。その後、目が醒めてRにこの話をすると何故か「助けてくれてありがとう」と云われた。

夜中にピザを食った。チーズ(名前はしらない)が二種類と、バジルとトマトソースが乗っていた。パルスサウンドを聴きながらフルーツジュースで流し込む。やたらと眠ったお陰で、今度はさっぱり眠れなくなった。何となくそのうち猫と同化するんじゃないかという気がしてきた。待ち合わせ場所に行ったら姿はなく、そこには小さな箱が置いてあった。振ってみるものの、音はなく、中には何も入っていなかった。夜明けまで椅子を二脚使って読書した。話す予定の無かった人と話して途方に暮れて遠回りしてまた戻った。モニタを眺めていたら、右目が見えなくなってきたので、白っぽい視界に目薬を点す。目薬は毒々しいショッキングピンクで、こんなものを点して大丈夫なんだろうかと疑問に思う。スピーカーから全部諦めたみたいな声の男が唄っていた。空はやけに濁っていて多分これから雨になるのだろう。
>> NEXT PAGE
2style.net