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序章;「ドブ川にコンビニの弁当の残骸」


寝たら起きた。時計は24時過ぎを指していた。ケータイに電話が4回あって、仕方なく取る。声が掠れて殆ど喋れず、咳払いをする。窓を開けて眠っていた所為だ。電話の向こうは凄いノイズ混じりで、相手の声が全く聴き取れない。多分、この半分壊れたみたいな電話はミライからだろうと思い「ミライだよね?」と確認する。が、相手の声が聴き取れない。仕方なくメールを打つ。「で、何?聴こえない」するとすぐにレスが返ってきた「手首切りそう。すぐ部屋来て」溜息をついてレスを返す「もう電車ないよ。無理。彼氏呼べばいいじゃん」するとまた電話が鳴った。大慌てで着替えている最中だった。ミライに男が居ないのは知っていた。こんな時に嫌味なんか云うんじゃなかった。半脱げのままケータイを取る「っつーかさあ、メール送る相手間違ってんじゃん」という声。え?誰。ごめん、ミスったかも。ええと、誰?「年末までに考えとけ」と相手は笑っている。年末?何それ。あー、T君?違う?ほんと申し訳ない。送り間違えたよ。焦ってた。あのさ、今でも走ってる線って何線だっけ?「地下鉄のあれで行けば?新しいヤツ出来たじゃん。古いヤツの下に」そんなの出来たっけ?と思いつつ、部屋の鍵を掴んでそのまま出る。走る。間に合うのか。駅へ辿り着くと、地下鉄へと繋がる通路は、終電間近でごったがえしていた。大半が外国人。風俗で働くロシア系の女を迎えに来る男達、それから台湾料理屋から出てくるアジア人だ。様々に飛び交う言語の中をダッシュで走る。時折、罵声も聴こえてくる。どうせ繋がらないだろうと思いながら、電話を掛ける。留守電。何なんだよ、ほんっとにこういうのやめようよ、と思いつつ半分シャッターの閉まった階段を苦労して5つぐらい通り抜ける。前から歩いてきた通行人に、地下鉄、新しい方まだ走ってますか?と訊く。「知らないの?あっちはさっきホームで事件があったばかりで危ないからやめた方がいい」と云われる。XX駅まで行きたいんですが、古い方のだと一番近い駅は何処になりますか? ──その駅から走るつもりだったのだ。「それだったらXX駅で降りるといいよ。10分歩けば君の行きたかった駅と交差する」わかりました、ありがとうそうします、と礼を云って切符を買う。背後のホームから最終列車が間もなく入ってくるというアナウンスが響く。値段を調べる余裕もなかったので、取り敢えず千円札を突っ込んで初乗り運賃分だけ買う。大量の小銭が出てきて、やけに小さい切符が埋もれてしまった。苛々しながら指先で探し出して、なんとか電車に飛び乗った。外は真っ暗で、おまけに車内は薄暗い。ゆらゆらと揺れる連結部分を幾つか渡り歩く。古い地下鉄だからか、カーブを曲がる時に一瞬ライトがちらつく。まんじりともしない気分で目的地の駅までをやり過ごす──漸く着いた。ホームを早足で歩き、地上を探す。小さな駅だった。この駅からミライの部屋に行くのは初めてで、おまけに外灯もなく、何処をどう歩けばいいのかもさっぱり判らなかった。途方に暮れて携帯を出し、電話する。出ない。どうすんだこれ、と思いつつ町の地図が描かれた汚れた看板に目を凝らしていると、後ろからいきなり肩を抱かれた「よーー、こっちこっち」驚いて顔を上げるとSが笑ってた。ポケットからiPodを出してごそごそやってた。え、何でこいつが此処に?と一瞬考えて解った。……ああ、ミライと付き合ってたんだ。知らなかった。じゃあ何でわざわざ俺を呼ぶんだよ……。「こっちが近道。何かメシ食った?悪いな……もう電車ないのに」とSが申し訳なさそうに云う。Sは慌てて着替えたみたいな格好をしていて、おまけに髪がぼさぼさだった。多分、ミライとセックスでもしてたんだろう。Sはあまり目を合わせなかった。はあ、何でそんな部屋にこれから行かないとならないんだよ、と脱力しながら歩いた。困った時に必ず電話してくるのはどういう事なのかと歩きながら考える。本当は今夜こそはっきりと云うつもりで来たのに、と溜息をついた(手首切るよりもっとマシな暇潰し考えようよ、とかそういう事を)。駅から続く墨を流し込んだようなドブ川に、コンビニの弁当の残骸が幾つか浮いているのが見えた。
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